- 2017年07月02日
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- コラム
存在の重み
最愛のペットちゃんが亡くなりその死と旅立ちを見送る家族のお別れの場に、多く立会って来ました。
その死が受け止められなくて号泣される家族。淡々と感情を押し殺すように接する家族。大往生したと思い出を語り合いながら拾骨される家族。
色々なお別れの形がそこにはありました。
お見送り、ご供養のお手伝いをする私が横から見守りながら思うのはペットちゃんの存在感の重みは皆さんが思う以上に大きい存在である。その事でした。
17歳、18歳。ペットちゃんが高齢になればその死が訪れる事を頭では理解している飼い主さんばかりでしょう。
私達は、頭で理解して考え生活しています。17歳になった飼い犬がそう長生きしない事は知識として知っている。
「もう長くはないとわかっているんです。」
ご家族の方が口にされます。けれど、頭では理解していても心が感じる喪失感に皆さん驚かれ、戸惑われる。
「失って初めて重みがわかった。」「ここまで辛いと思わなかった。」
その存在感の重み。知らず知らずの内に、最愛のペットちゃんとの生活の中で癒やされ、救われ、助けられて支えられていた。
その事の証なんだと改めて教えられる事ばかりです。